大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成12年(行コ)101号 判決

控訴人 呉雄根 ほか1名

被控訴人 国

代理人 大圖明 日景聡 佐藤純一 鈴木季幸 山口益 根原稔

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人呉雄根に対し、五〇〇万円を支払え。

3  被控訴人は、控訴人小熊謙二に対し、三五〇万円を支払え。

4  被控訴人は、控訴人呉雄根に対し、原判決別紙一の陳謝状を交付して陳謝せよ。

5  被控訴人は、控訴人小熊謙二に対し、原判決別紙二の陳謝状を交付して陳謝せよ。

6  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二事案の概要

本件は、第二次世界大戦後シベリアの収容所に抑留され、強制労働を課された旧日本軍人である控訴人らが、被控訴人(国)に対し、憲法二九条三項に基づいて損失補償を求めるとともに、条理に基づいて陳謝状の交付による陳謝を求めている事案である。

一  前提事実(認定した証拠は、各項末尾に掲記する。)

1  控訴人呉は、大正一五年三月八日、日本国籍を有する朝鮮人として出生し、昭和二〇年八月、ハイラル(海拉爾)の陸軍第五一五歩兵部隊に二等兵として入隊したが、右部隊は、同月、ソヴィエト社会主義共和国連邦(以下「ソ連」という。)軍により武装解除され、控訴人呉は、同年一二月から昭和二三年一一月まで、ソ連チタの捕虜収容所に抑留され、その間強制労働を課され、同月二七日に解放されて、ソ連のナホトカを経由して北朝鮮の興南港に上陸し、昭和四九年一月に旧満州の石硯子の母親のもとに帰国した。(〈証拠略〉)

2  なお、朝鮮は、日本国のポツダム宣言の受諾により、その領土、領民の独立を確立したから、朝鮮人はその時をもって朝鮮国籍を取得し、日本国籍を喪失したと解されるところ、昭和二七年四月二八日、日本国との平和条約(同年条約第五号)の発効に伴い、朝鮮人は国際法上の形式としても、日本国籍を確定的に喪失することとなった。控訴人呉は中国内に在住する朝鮮族として、中華人民共和国が成立した一九四九年以降、同国の国籍を取得している。(〈証拠略〉)

3  控訴人小熊は、大正一四年一〇月三〇日に出生し、昭和一九年一一月二五日、陸軍東部七部隊に二等兵として入隊して、同年一二月、牡丹江電信第一七連隊に入り、昭和二〇年四月、航空通信第二連隊に転属となったが、右連隊は、同年八月、ソ連軍により武装解除され、控訴人小熊は、以後昭和二三年八月まで、ソ連チタの捕虜収容所に抑留され、その間強制労働を課され、同月解放されて、ソ連のナホトカ港を経由して同月二〇日に舞鶴港に上陸して帰国した。(〈証拠略〉)

二  日本国とソ連との共同宣言の定めについて

昭和三一年一二月一二日発効の「日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言」(同年条約第二〇号。以下「日ソ共同宣言」という。)六項後段は、日本国及びソ連は、一九四五年八月九日以来の戦争の結果として生じたそれぞれの国、その団体及び国民の他方の国、その団体及び国民に対するすべての請求権を相互に放棄する旨を定めている。

三  当事者双方の主張

(控訴人らの主張)

1 控訴人らのシベリアにおける強制抑留、強制労働は、戦争行為による一般の戦争損害ではない。戦争が終わった後のソ連のポツダム宣言九項違反による損害、及び陸戦の法規慣例に関する規則六条五項、俘虜の待遇に関する一九二九年の条約三四条五項及び右条約に代わるものとなった捕虜の待遇に関する一九四九年ジュネーブ条約六六条三項により捕虜が取得する賃銀請求権等の財産を失うことになったことによる特別の犠牲であり、一般の日本国民及び日本軍人が等しく負担しなければならないものではない。

ところが、被控訴人は、ソ連に対し、ポツダム宣言九項に基づく将兵の帰国の履行の違反を問いただすべきであったのに、ソ連の不法行為を放置し、その上、日ソ共同宣言六項後段により、自国民の有する請求権について外交保護権を放棄した。

2 被控訴人が、右不法行為を放置し、外交保護権を放棄したのは、ソ連との平和を回復し、民族の滅亡を免れ、領土保全、善隣友好、漁業通商の発展を図るという公益を実現するためである。したがって、そのために生じた捕虜の損害については、憲法二九条三項による国家補償がされるべきである。

なお、控訴人呉は、日本軍人として強制抑留され、少なくとも日本国との平和条約が発効した昭和二七年四月二八日までは日本国民であったのであるから、憲法二九条三項の適用があるというべきである。仮に、右同日以降、控訴人呉が日本国籍を失ったとしても、控訴人呉は、日本人として招集され、日本軍二等兵として抑留されたのであるから、日本法の適用を受けるものと扱うべきである。それが、控訴人呉を召集した日本国家の道義であり、世界の自然法である。したがって、控訴人呉についても、道義に従い、国家補償を行うべきである。

3 控訴人らの右犠牲と労苦は、身体権にとどまらず、人格権に及ぶものであり、その損失は、控訴人呉については五〇〇万円、控訴人小熊については三五〇万円を下回らない。

4 よって、控訴人らは、被控訴人に対し、憲法二九条三項に基づき、右特別の犠牲に対する補償として、控訴人呉については五〇〇万円、控訴人小熊については三五〇万円の支払を求める。

べきであった。

5 また、右特別の犠牲を負担した控訴人らの名誉を回復し、控訴人らに礼を尽くして謝罪することは、道義国家たる日本国の根本法である道義の法の要請するところである。

よって、控訴人らは、被控訴人に対し、条理(裁判官事務心得《太政官布告第一〇三号》三条参照)に基づき、控訴人呉に対して原判決別紙一の、控訴人小熊に対して同別紙二の各陳謝状の交付による陳謝を求める。

(被控訴人の主張)

1 国家補償請求について

控訴人らのシベリアにおける強制抑留による損害及び日ソ共同宣言六項後段に定める請求権放棄により受けた損害は戦争損害であり、これに対する補償は、憲法二九条三項の予想しないところである。

したがって、控訴人らの同項に基づく国家補償請求は失当である。

2 陳謝請求の訴えについて

右訴えは、控訴人らが被控訴人に対し公式陳謝を求める民訴法上の給付訴訟の一種であるところ、給付訴訟は、強制執行による給付の実現を予定しているから、判決主文に対応する請求の趣旨がそれ自体として強制執行の可能な程度に一義的に特定されている必要がある。しかるに、右訴えは、被控訴人のどのような機関において陳謝をすることを請求しているのかが特定されていないため、強制執行の可能な程度に一義的に特定されているとはいえない。そして、右訴えを適法とすることは、強制執行の場面において執行方法等をめぐる紛争を再燃させるものであるから、民事訴訟における紛争解決の一回性の理念にも反し、相当でない。

したがって、右訴えは不適法である。

仮に右訴えが適法であるとしても、原判決別紙のような陳謝を求める実体法上の根拠はなく、国家補償の態様としても認められない。

四  争点

以上によれば、本件の争点は、次の各点である。

1  国家補償請求について

日本国が日ソ共同宣言六項によりソ連に対する請求権を放棄したことにより、控訴人らのシベリア強制抑留による損害について、憲法二九条三項又は条理に基づく補償請求権が成立するか。

2  陳謝請求について

(一) 請求として特定しているか否か。

(二) 条理に基づく陳謝請求権の成否。

第三争点に対する判断

一  争点1(国家補償請求権の成否)について

1  控訴人らが、第二次世界大戦後、ソ連シベリアの収容所に捕虜として抑留され、強制労働を課されたことは前記のとおりであり、控訴人らを含む多数の軍人・軍属が、酷寒の右収容所において、劣悪な環境の中、満足な食料も与えられないままに過酷な労働を強いられ、肉体的にも、精神的にも、筆舌に尽くし難い辛苦を味わったことは、証拠〈略〉によってこれを認めることができる。

(一) 日本国軍人であった控訴人らに生じた右の損害は、昭和二〇年八月一五日の終戦の直前のソ連参戦によるソ連との戦争行為と日本の敗戦によってもたらされた事態によるものにほかならないから、俘虜としての抑留及び強制労働が終戦後になされたものであっても、基本的には俘虜として処遇と労働者としての使役による損害は、対ソ戦争により生じた戦争損害と認めるべきものを含んでいる。

もっとも、対ソ戦争による損害のうち、俘虜の待遇に関する一九二九年ジュネーブ条約(以下「一九二九年ジュネーブ条約」という。なお、同条約については、日本は批准しなかったが、外交的にこれを準用する旨の意思を表明していた。同条約は、捕虜の待遇に関する一九四九年のジュネーブ条約《昭和二八年条約第二五号。以下『一九四九年ジュネーブ条約』という。》の一三四条により代えられるものとなったが、一九四九年ジュネーブ条約はその発効前に解放された控訴人らには適用されない。)三四条二項の対象となる俘虜が労働の対価として取得する賃銀等に関する請求権、同条約二七条四項の規定の対象となる労働災害に対する措置としての賠償等請求権、同条約二三条、二四条の規定によるその他の俘虜のソ連に対する財産的請求権については、本来控訴人ら個人がそれぞれ取得し得る請求権であることは明らかである。

(二) このようにして、旧日本軍軍人・軍属に生じた生命、身体、財産等の損害のうち、俘虜の労働賃銀請求権や労働災害による賠償請求権などの対象となる限り、個人として請求し得るものであり、その請求権が行使し得る限りは、これを必ずしも戦争損害ということはできない。〈証拠略〉によれば、一九九二年一二月三〇日ロシア共和国の中央国立特別公文書館館長は、控訴人小熊に対して未払の賃銀残高を記載した労働証明書を発給していることが認められるから、控訴人小熊の強制労働に際して発生した賃銀等については、ソ連国法又はロシア共和国法上、控訴人小熊個人がロシア共和国政府に対して請求権を有するものであったと認められる。弁論の全趣旨によれば、控訴人呉も同様の労働証明書の交付を受けていることが認められるから、日本国籍を失った控訴人呉もロシア共和国政府に対して同様の賃銀等請求権を有するものであったということができる。

(三) 右のような俘虜に対する一九二九年ジュネーブ条約によって補償されない強制労働、俘虜に対する虐待行為や「日本国軍隊は、完全に武装を解除せられたる後各自の家庭に復帰し、平和的かつ生産的な生活を営む機会を与えられなければならない。」旨のポツダム宣言九項に違反する非人道的抑留行為についての控訴人らのソ連に対する損害賠償請求権については、それが国際法上の義務違反を理由として国際法上の権利として主張する限りは、国家の外交保護権によって保護され追求されるべき筋合のものであって、控訴人らの国内法上の実体的請求権として成立するものではない。また、それが、ソ連の国内法に基づく損害賠償請求権の主張であるとするならば、本件記録中の全資料によっても、控訴人らがソ連国内法上具体的にいかなる損害賠償請求権を有するものであるかが定かではない。

2  控訴人らは、被控訴人が、日ソ共同宣言六項後段により、自国民の有する請求権について外交保護権を放棄することによって、特別の損失を受けたと主張する。

(一) 控訴人小熊について

ところで、右の日ソ共同宣言六項後段による日本国の自国民の有する請求権についての外交保護権の放棄は、日本国民がソ連ないしロシア共和国に対して有する個人の請求権そのものを消滅させるものではないことはいうまでもない。したがって、前記認定のとおり、控訴人らがソ連ないしロシア共和国に対して有する労働賃銀請求権、労働災害による賠償請求権その他の財産的請求権等の権利については、一九二九年ジュネーブ条約には、一九四九年ジュネーブ条約六六条三項に規定するような抑留国において交付した貸方残高の証明書に基づいて、捕虜の帰属国において右の請求権を決済すべきものとする規定に相当する規定はないから、ソ連国法又はロシア共和国法に従い、ロシア共和国政府に対する直接請求権として存立しているものと解される(もっとも、本件においては前述の中央国立特別公文書館館長の発行した控訴人小熊についての労働証明書のほか、右個人的請求権の存在を認め得る証拠はない。)。しかしながら、右のとおり個人の請求権が成立するとしても、昭和三一年の日ソ共同宣言六項により我が国の外交保護権が放棄された結果、控訴人小熊について、個人の請求権の行使、実現が事実上困難となったことは明らかである。

もともと国の外交保護権自体は、国際法上国家のみに帰属する権利であり、本来的にその行使は自由であって、国民が国に対して具体的な外交保護権の行使を求める権利を有するものとはいえない。したがって、国がソ連との間の戦争状態の終結、平和的な外交関係の確立等の外交政策上の考慮に基づき、個々の国民の権利等の外交保護をしないことを決定したり、対外的な外交保護権を一定の範囲で放棄するなどしても、これをもって本来的に個々の日本国民に対する外交保護義務違反などと観念することはできない。日ソ共同宣言は、ソ連との間で平和条約が締結されていない状況の下で、ソ連との間で戦争状態を解消して、当面の終戦処理を行うとともに、正常な外交関係を回復するために合意されたものであって、我が国が日ソ共同宣言六項後段において請求権放棄を合意したのも、右の外交政策上の考慮に基づくものと考えられる。したがって、右のとおりの国の外交保護権の性質、日ソ共同宣言において日本と平和条約と同様の外交政策上の判断が行われたことなどの事情に照らせば日ソ共同宣言六項後段の前記外交保護権の放棄により、控訴人小熊が間接的に損害を受けるとしても、これに対する直接の補償は、憲法二九条三項の予定するところではないといわざるを得ない。

(二) 次に、控訴人呉についてみると、控訴人呉は、弁論の全趣旨によれば、当初日本国籍を有する者として応召し、日本軍人として抑留、強制労働の被害を受けたものであり、日本の敗戦とともに日本国籍を失い、朝鮮族としてその直後に独立した朝鮮国の国籍を取得し、一九四九年(昭和二四年)の中華人民共和国の成立とともに、そのころ中華人民共和国の国籍を取得したものと認められる。してみると、日ソ共同宣言が発効した昭和三一年の時点では、控訴人呉は日本国籍を失い、中華人民共和国籍を有する者であったと認められる。

そうだとすれば、控訴人呉が、控訴人小熊と同様に、ソ連又はロシア共和国に対して個人的請求権を有していたとしても、日ソ共同宣言により日本国が放棄した外交保護権の保護の対象外のものであったのであり、控訴人呉の前記個人的請求権は、ソ連又はロシア共和国と中華人民共和国との間の平和条約その他の外交条約により、その帰趨の処理や外交保護権の行使が決せられるべきものとなる。したがって、控訴人呉について、日ソ共同宣言の発効による外交保護権の放棄による損失があるとはいえず、これを原因として憲法二九条三項に基づく補償請求権が成立するとはいえない。

もっとも、控訴人呉は、日本軍人として俘虜になり、以後抑留されたものであるから、控訴人呉の国籍国である中華人民共和国が自国民が日本国の措置に基づき戦争被害を受けたものとして戦争賠償を請求してくる可能性もあったが、一九七二年九月二九日に発出された日中共同声明五項は、「中華人民共和国政府は、中日両国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。」と定め、一九七八年八月一二日に署名され、同年一〇月二三日に批准書の交換がされて発効した日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約(昭和五三年条約第一九号)は、右共同声明に示された諸原則が厳格に遵守されるべきことを確認しているから、中華人民共和国は、控訴人呉のような個人的請求権に関して同国の外交保護権を放棄しているものと解せられる。したがって、中国人の戦争損害による個人的請求権について、日本国政府がどのように対応し、補償立法をするか否かを含めて、その政策を日本国政府の一存に任せたものというべきであり、本件のような日本国籍を失った旧日本軍人に対して、損失補償責任をどのような形で果たすかは、戦後処理に関する日本国の対応に対する国際與論や国内與論等を踏まえたうえで国際的ないし外交的政策判断による立法等をまって処理されるべき事柄である。

(三) なお、憲法二九条三項その他の憲法規定が補償を予想していない戦争に起因する損失であっても、特別の立法により国の施策としてその補償を行うことは、当然に可能であると解されるが、その補償の要否及びその施策の方法は、右の戦争被害の態様が多種多様であり、その程度も様々であって、事実関係の調査確定も極めて困難である問題もあり、外交、財政、経済、社会保障政策等との関係を含めて国政全般にわたる総合的政策判断を必要とするものであり、本来的に立法府又は行政府の政策上の選択、判断に委ねられるべきものである(今日、恩給法の改正、戦傷病者戦没者特別援護法等、平和祈念事業特別基金等に関する法律〔以下「平和祈念事業法」という。〕の立法措置などが右の政策判断の結果として講じられていることは、控訴人らの主張するとおりである。)。したがって、右のような政策判断に基づく立法措置の要否、当不当に対しては、どのような戦争被害について国民が受忍すべきものとして補償しないものとするか、どのような戦争被害に対する請求権について外交保護権を放棄することが外交政策上やむを得ないものとするかなどの問題点を含めて、司法審査になじむものではないから、当然に司法審査ができるものと解すべきではない。控訴人らは、旧日本軍人として召集された控訴人らに対する戦後補償を十分に行わず、日本国籍を有する旧日本軍人・軍属との間に差違を設け、また、旧軍人の間でも取扱いに差違があることにつき、国家として道義に欠け、近代的国家としてあってはならないことであるという趣旨の非難をするが、右のような非難の斟酌を含めて、立法・行政に際して総合的で適切な政策判断がされるべきものであって、戦後処理に関する立法政策上の判断の当否に直接司法審査を及ぼすことはできない以上、前述の立法上の政策判断を待たずに、控訴人らのいう道義ないし条理の観点から、控訴人らに憲法上又は条理上の直接の国家補償請求権を認めることはできない。

(四) このようにして、被控訴人が日ソ共同宣言六項後段において自国民の有する請求権について外交保護権を放棄したことにより、控訴人らにおいて受忍すべき戦争損害とはいえない特別の犠牲が生じていることを理由とする国家補償の請求は理由がない。

4  このようにして、控訴人らの憲法二九条三項等に基づく国家補償請求は、いずれも理由がない。

二  争点2(陳謝請求の特定)について

被控訴人は、本件訴えのうちの陳謝請求に係る訴えは、被控訴人のどのような機関において陳謝をすることを請求しているのかが特定されていないため、強制執行の可能な程度に一義的に特定されているとはいえないと主張する。

しかし、右の陳謝請求の趣旨が、控訴人らが被控訴人に対し、国を代表する機関において、それぞれ原判決別紙一及び同二記載のとおりの陳謝状の交付による陳謝をすることを求めるものであることは明らかであるから、右訴えに係る請求の趣旨が強制執行ができないほど一義的に特定されていないとは解し難い。

三  争点3(条理に基づく陳謝請求の成否)について

控訴人らは、シベリアにおける抑留、強制労働により特別の犠牲を負担した控訴人らの名誉を回復し、謝罪することは、道義の法としての条理の要請するところであると主張し、右条理に基づいて、被控訴人に対し、陳謝状の交付による陳謝を請求するものである。

しかし、控訴人らが右抑留、強制労働により被った損害は、前記のとおり、ジュネーブ条約等により国際法上の国の決済等についての政策上の責務により対処されるべき筋合のものであり、立法を待たずに国がその犠牲者に対して直接の陳謝義務を負うべきものではない。このような損害を被った者に対して、国が講ずべき措置は、内外の政策全般にわたる政策裁量的立法判断によるべきものである。前記平和祈念事業法四三条においては、内閣総理大臣は、戦後抑留者又はその遺族に対して総理府令で定める慰労品を贈ることによりこれらの者を慰労するものとし、同法四四条において、戦後抑留者又はその遺族に対して慰労金を支給するものとされ、〈証拠略〉によれば、政府は内閣総理大臣名義で「あなたの戦後強制抑留中の御労苦に対し銀杯を贈り衷心より慰労します」という文言の記載されている書状を交付する運用をしていることが認められる。これらの平和祈念事業法の制定、運用は、国のこの問題に関する一つの解決措置であると認められる。

このような、戦後抑留者に対する補償等の立法措置については、控訴人らの主張する国家的道義又は社会的道義に基づいて政策的考慮をすべき点があり得るとしても、具体的実定法の成立を待たずに、前記道義の観点から導かれるべき一定の条理があるとして、国に対して法律上の具体的陳謝請求権があると解することはできない。

したがって、控訴人らの条理に基づく陳謝請求は理由がない。

四  結論

以上によれば、控訴人らの本件各請求は理由がなく、これを棄却した原判決は正当であり、本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 鬼頭季郎 慶田康男 梅津和宏)

(参考)第一審(東京地裁 平成九年(行ウ)第六八号 平成一二年二月九日判決)

主文

一 原告らの請求をいずれも棄却する。

二 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一 原告らの請求

1 被告は、原告呉雄根(以下「原告呉」という。)に対し、五〇〇万円を支払え。

2 被告は、原告小熊謙二(以下「原告小熊」という。)に対し、三五〇万円を支払え。

3 被告は、原告呉に対し、別紙一の陳謝状を交付して陳謝せよ。

4 被告は、原告小熊に対し、別紙二の陳謝状を交付して陳謝せよ。

二 被告の答弁

1 本件訴えのうち、陳謝請求に係る訴えをいずれも却下する。

2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

第二事案の概要

本件は、第二次世界大戦後シベリアの収容所に抑留され、強制労働を課された軍人である原告らが、被告(国)に対し、憲法二九条三項に基づいて損失補償を求めるとともに、条理に基づいて陳謝状の交付による陳謝を求めている事案である。

一 前提事実(各項末尾掲記の証拠等により認められる。)

1 原告呉は、大正一五年三月八日、日本国籍を有する朝鮮人として出生し、昭和二〇年八月、ハイラル(海拉爾)の陸軍第五一五歩兵部隊に二等兵として入隊したが、右部隊は、同月、ソヴィエト社会主義共和国連邦(以下「ソ連」という。)軍により武装解除され、原告呉は、同年一二月から昭和二三年一一月まで、ソ連チタの捕虜収容所に抑留され、その間強制労働を課された。(〈証拠略〉)

2 なお、昭和二七年四月二八日、日本国との平和条約(同年条約第五号)の発効に伴い、朝鮮人は日本国籍を喪失することとなったために、原告呉は日本国籍を失い、現在は中華人民共和国籍を有する。(〈証拠略〉)

3 原告小熊は、大正一四年一〇月三〇日に出生し、昭和一九年一一月二五日、陸軍東部七部隊に二等兵として入隊して、同年一二月、牡丹江電信第一七連隊に入り、昭和二〇年四月、航空通信第二連隊に転属となったが、右連隊は、同年八月、ソ連軍により武装解除され、原告小熊は、以後昭和二三年八月まで、ソ連チタの捕虜収容所に抑留され、その間強制労働を課された。(〈証拠略〉)

二 日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言の定めについて

昭和三一年一二月一二日発効の日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言(同年条約第二〇号。以下「日ソ共同宣言」という。)六項後段は、日本国及びソ連は、一九四五年八月九日以来の戦争の結果として生じたそれぞれの国、その団体及び国民のそれぞれ他方の国、その団体及び国民に対するすべての請求権を相互に放棄する旨を定めている。

三 当事者双方の主張

(原告らの主張)

1 原告らのシベリアにおける強制抑留、強制労働は、戦争行為による一般の戦争損害ではなく、戦争が終わった後のソ連のポツダム宣言九項、陸戦の法規慣例に関する規則六条五項、俘虜の待遇に関する条約三四条五項及び捕虜の待遇に関する一九四九年ジュネーブ条約六六条三項に違反する不法行為により生じた特別の犠牲であり、一般の日本国民及び日本軍人が等しく負担しなければならないものではない。

ところが、被告は、ソ連に対し、右不法行為を問いただし、ポツダム宣言九項に基づく将兵の帰国を履行させるべきであったのに、右不法行為を放置し、その上、日ソ共同宣言六項後段により、自国民の有する請求権について外交保護権を放棄した。

2 被告が、右不法行為を放置し、外交保護権を放棄したのは、ソ連との平和を回復し、民族の滅亡を免れ、領土保全、善隣友好、漁業通商の発展を図るという公益を実現するためである。

3 原告らの右犠牲と労苦は、身体権にとどまらず、人格権に及ぶものであり、その損失は、原告呉については五〇〇万円、原告小熊については三五〇万円を下回らない。

4 よって、原告らは、被告に対し、憲法二九条三項に基づき、右特別の犠牲に対する補償として、原告呉については五〇〇万円、原告小熊については三五〇万円の支払を求める。

なお、原告呉は、日本軍人として強制抑留され、少なくとも日本国との平和条約が発効した昭和二七年四月二八日までは日本国民であったのであるから、憲法二九条三項の適用があるというべきである。

5 また、右特別の犠牲を負担した原告らの名誉を回復し、原告らに礼を尽くして謝罪することは、道義国家たる日本国の根本法である道義の法の要請するところである。

よって、原告らは、被告に対し、条理に基づき、それぞれ別紙一、二の陳謝状の交付による陳謝を求める。

(被告の主張)

1 国家補償請求について

原告らのシベリアにおける強制抑留による損害及び日ソ共同宣言六項後段に定める請求権放棄により受けた損害は戦争損害であり、これに対する補償は、憲法二九条三項の予想しないところである。

したがって、原告らの同項に基づく国家補償請求は失当である。

2 陳謝請求に係る訴えについて

右訴えは、原告らが被告に対し公式謝罪を求める給付訴訟の一種であるところ、給付訴訟は、強制執行による給付の実現を予定しているから、判決主文に対応する請求の趣旨がそれ自体として強制執行の可能な程度に一義的に特定されている必要がある。しかるに、右訴えは、被告のどのような機関において陳謝をすることを請求しているのかが特定されていないため、強制執行の可能な程度に一義的に特定されているとはいえない。そして、右訴えを適法とすることは、強制執行の場面において執行方法等をめぐる紛争を再燃させるものであるから、民事訴訟における紛争解決の一回性の理念にも反し、相当でない。

したがって、右訴えは不適法である。

四 争点

以上によれば、本件の争点は、次の各点である。

1 国家補償請求について

原告らがシベリアでの強制抑留により被った犠牲は、戦争損害であるか否か。(争点1)

2 陳謝請求について

(一) 請求として特定しているか否か。(争点2)

(二) 条理に基づく陳謝請求の当否(争点3)

第三争点に対する判断

一 争点1について

1 原告らが、第二次世界大戦後、ソ連シベリアの収容所に捕虜として抑留され、強制労働を課されたことは前記のとおりであり、原告らを含む多数の軍人・軍属が、酷寒の右収容所において、劣悪な環境の中、満足な食料も与えられないままに日々過酷な労働を強いられ、肉体的にも、精神的にも、筆舌に尽くし難い辛苦を味わったことは、証拠〈略〉によって明らかである。

原告らは、原告らが右の抑留、強制労働によって受けた損害は、戦争行為によって生じた一般の戦争損害ではなく、特別の犠牲に当たるから、被告はその補償をすべきであると主張する。

しかし、第二次世界大戦により、日本国との平和条約発効に伴い日本国籍を喪失した朝鮮半島及び台湾出身者を含むほとんどすべての日本国民が様々な被害を受けたこと、その態様は多種、多様であって、その程度において極めて深刻なものが少なくないことは公知の事実である。戦争中から戦後にかけての国の存亡にかかわる非常事態にあっては、国民のすべてが、多かれ少なかれ、その生命、身体、財産の犠牲を堪え忍ぶことを余儀なくされていたのであって、これらの犠牲は、いずれも戦争犠牲ないし戦争損害として、国民のひとしく受忍しなければならなかったところであり、これらの戦争損害に対する補償は憲法二九条三項の予想しないところというべきである。

原告らを含む多くの軍人・軍属が、長期にわたり、シベリアに抑留され、強制労働を課せられるに至ったのも、日本の敗戦に伴ってもたらされた事態にほかならないから、抑留及び強制労働が終戦後になされたものであっても、これらによる損害は戦争により生じたものというべきである。

そして、その補償の要否及び在り方は、事柄の性質上、財政、経済、社会政策等の国政全般にわたった総合的政策判断を待って初めて決し得るものであって、憲法二九条三項の規定によって一義的に決することは不可能であるというほかなく、これについては、国家財政、社会経済、戦争によって国民が被った被害の内容、程度等に関する資料を基礎とする立法府の裁量的判断にゆだねられたものと解するのが相当である。

したがって、原告らがシベリアにおいて捕虜として抑留され、強制労働を課せられたことによる損害が、前記のとおり極めて過酷なものであったとしても、これを特別の犠牲に当たるとして憲法二九条三項に基づいてその補償を求めることはできないといわざるを得ない。

2 また、原告らは、被告が、日ソ共同宣言六項後段により、自国民の有する請求権について外交保護権を放棄することによって、特別の犠牲を受けたと主張する。

確かに、日ソ共同宣言発効当時も日本国籍を有する原告小熊が、仮にソ連に対し損害賠償請求権を有していたとしても、日ソ共同宣言六項後段によるいわゆる請求権放棄に伴い、右賠償を請求することは実際上不可能となったことは否定できないところである。

しかし、シベリアにおける右抑留が敗戦に伴って生じたものであること、日ソ共同宣言が、終戦処理の一環として、いまだ平和条約が未締結であったソ連との間で戦争状態を解消して正常な外交関係を回復するために合意されたものであって、請求権放棄を含む合意内容について連合国との間の平和条約と異なる合意をすることは事実上不可能であり、我が国が日ソ共同宣言六項後段において請求権放棄を合意したのは、やむを得ないところであったこと等を考え合わせれば、右請求権放棄により原告小熊が受けた損害も、戦争損害の一つであり、これに対する補償は、憲法二九条三項の予想しないところといわざるを得ない。

なお、我が国は、日ソ共同宣言六項後段のとおり、戦争の結果として生じた我が国の国民のソ連、その団体及びその国民に対するすべての請求権について、その外交保護権を放棄したが、原告呉は、前記のとおり、日ソ共同宣言発効当時、日本国籍を喪失し、既に日本国の外交保護権が及ばなくなっていたのであるから、仮に同原告がソ連、その団体及びその国民に対して請求権を有していたとしても、同原告の請求権については、右放棄の対象外であるというべきである。

したがって、被告が、日ソ共同宣言六項後段により、自国民の有する請求権について外交保護権を放棄することによって、原告らが特別の犠牲を被ったとの原告らの主張は採用できない。

3 以上のとおり、原告らの憲法二九条三項に基づく国家補償請求は、いずれも理由がない。

二 争点2について

被告は、本件訴えのうちの陳謝請求に係る訴えは、被告のどのような機関において陳謝をすることを請求しているのかが特定されていないため、強制執行の可能な程度に一義的に特定されているとはいえないと主張する。

しかし、右の陳謝請求の趣旨が、原告らが被告に対し、国を代表する機関において、それぞれ別紙一及び別紙二記載のとおりの陳謝状の交付による陳謝をすることを求めるものであることは明らかであるから、右訴えに係る請求の趣旨が強制執行の可能な程度に一義的に特定されていないとは解し難い。

三 争点3について

原告らは、シベリアにおける抑留、強制労働により特別の犠牲を負担した原告らの名誉を回復し、謝罪することは、道義の法としての条理の要請するところであると主張し、右条理に基づいて、被告に対し、陳謝状の交付による陳謝を請求するものである。

しかし、原告らが右抑留、強制労働により被った損害は、前記のとおり、国民がひとしく受忍しなければならなかった戦争損害の一つであり、このような損害を被った者に対して、国がいかなる措置を講ずべきかは、国政全般にわたった総合的政策判断を待って初めて決し得るものであるから、立法府の裁量的判断にゆだねられたものと解すべきであり、右犠牲を被った者が立法を待たずに当然に国に対して陳謝を請求できることが、法の欠缺を補充する条理にまで高められているとは認めることができない。

したがって、原告らの条理に基づく陳謝請求は理由がない。

四 よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 市村陽典 阪本勝 村松秀樹)

別紙一 陳謝状

一 〈1〉 先の大戦は日本国がポツダム宣言受諾及び降伏文書署名により終結するに至ったが、戦後、ソ連国ほ同受諾したポツダム宣言(九項)及び国際法規に違反して、日本国軍隊六〇万人を捕虜として、強制抑留し、強制労働に服せしめた。

〈2〉 これに対し、政府は日本国のソ連国との平和回復・友好善隣・領土保全・漁業通商の発展という国の公益のため、断腸の思いであったが、ポツダム宣言九項が定めるソ連国の義務(日本国軍隊を各自の家庭に復帰せしめる義務)を履行させることを怠り、貴殿らを放置する止むなきに至りました。

〈3〉 また、政府は右〈2〉の国の公益を実現するため、昭和三一年日ソ共同宣言を調印し、ソ連国に対し、右〈1〉に係る全ての賠償請求権を放棄する止むなきに至りました。

〈4〉 このように、貴殿らは日本国のソ連国との平和回復・友好善隣・領土保全・漁業通商の発展という国の公益のため特別の犠牲を負われました。

日本政府は、ここに、貴殿らの尊い犠牲を公式に記録し、心から陳謝するものです。

〈5〉 貴殿は日本国軍人として、軍務に服され、また、日本国の公益のために、特別の犠牲を潔く負担されましたが、これに対し、日本国は軍人軍属の犠牲に対して補償立法を制定し相当の補償と援護処置を取りましたが、貴殿ら外地出身の軍人軍属に対しては、国籍喪失を理由として補償と援護から除外しました。これは日本国の敗戦によっても失ってはならない国家の道義に反し、日本国の法的責任を放棄したものとして、誠に恥ずかしく、ここに、心から陳謝するものです。

陳謝状

一 〈1〉 先の大戦は日本国がポツダム宣言受諾及び降伏文書署名により終結するに至ったが、戦後、ソ連国は同受諾したポツダム宣言(九項)及び国際法規に違反して、日本国軍隊六〇万人を捕虜として、強制抑留し、強制労働に服せしめた。

〈2〉 これに対し、政府は日本国のソ連国との平和回復・友好善隣・領土保全・漁業通商の発展という国の公益のため、断腸の思いであったが、ポツダム宣言九項が定めるソ連国の義務(日本国軍隊を各自の家庭に復帰せしめる義務)を履行させることを怠り、貴殿らを放置する止むなきに至りました。

〈3〉 また、政府は右〈2〉の国の公益を実現するため、昭和三一年日ソ共同宣言を調印し、ソ連国に対し、右〈1〉に係る全ての賠償請求権を放棄する止むなきに至りました。

〈4〉 このように、貴殿らは日本国のソ連国との平和回復・友好善隣・領土保全・漁業通商の発展という国の公益のため特別の犠牲を負われました。

日本政府は、ここに、貴殿らの尊い犠牲を公式に記録し、心から陳謝するものです。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例